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February 25, 2006

交響曲第14番「死者の歌」

昨夜今年初めてのコンセルトヘボウでの演奏会を聞きに行った。ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーという名前に釣られたのだが、残念ながらキャストが変更になっていて彼の姿は見られずじまい。1970年代から旧ソ連で活躍した大家だけに正直言ってガッカリした。彼は一体今何処で活躍しているのだろうか。

そうは言っても折角コンセルトヘボウまで行ったのだから、今まで一度も聞いたことの無いショスタコーヴィチの3つの作品を聴くことにする。随分前から売り切れになっていたコンサートだったが、指揮者が代わったせいか意外と空席が目立っていた。

日時: 2006年 2月24日(金) 20:15~22:15
曲目: ショスタコーヴィチ: 弦楽のための二つの小品 Op.11
同 : ピアノ協奏曲第一番ハ短調 Op.35*
同 : 交響曲第14番ト短調 「死者の歌」 Op.135**
ピアノ:Alexander Melnikov*, トランペット:André Heuvelman
メソ・ソプラノ:Ann Murray**, バスーバリトン:David Wilson-Johnson**
指揮: Roman Kofman, 演奏: アムステルダム・シンフォニエッタ
場所: コンセルトヘボウ大ホール

ピアノコンチェルトなのにトランペットが入っているのも驚いたが、この日のメインの「死者の歌」はかなり普通では無い交響曲だった。ソロ歌手が2人交代で歌い続けるのだが、全部で楽章が11もある。これは「交響曲」ではなく「歌曲集」あるいは「組曲」として扱ったほうが自然ではないか。ショスタコーヴィチの他の交響曲でも3あるいは5楽章のものは聞いたことはあるが、この11楽章から成る歌を「交響曲」としたのには何か背景があるのだろうか。

曲自体はその名前の通りヨーロッパの著名な詩人(ロルカ、リルケ等)の「死」に関する詩に次々と曲を付けている。そのため全体の感じは荘重かつ重々しく、暗い曲調が果てしなく続く。11曲目のリルケの詩も英訳によると「Conclusion」ということだが、以下のメッセージで結ばれている。

死は偉大な存在である。
我々は笑いながらもそれからは逃れられない。
生きている間でもそれは泣き声を上げている。

とても美しい曲ではあったが、ここまで「死」を連発されるとさすがに気分が滅入ってしまったオラニエ公であった。

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