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September 30, 2006

ガッティ - コンセルトヘボウの「悲愴」

アムステルダムにロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏会を聴きに行ってきた。先週末のベルリン・フィルに引き続き、ヨーロッパ一流のオーケストラの演奏を楽しめるとはラッキーである。

コンセルトヘボウの2006/07シーズンは実質先週から始まったばかりで、主席指揮者のマリス・ヤンソンスの登場する11月までは客演指揮者の演奏会が続く。今週はイタリアの新進気鋭の指揮者ダニエーレ・ガッティのシリーズ。彼はアバドの後継者とも言われていた逸材で、現在はロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の主席指揮者を務めている。

まず演奏が始まって改めて驚いたのは、先週聴いたベルリン・フィルとはサウンドの響きが全く違うということである。ここコンセルトヘボウのホールはウィーンの楽友協会ホールなどと同様、昔の建物で客席は基本的には平間。一方ベルリン・フィルハーモニーは階段状に座席が連なる立体的なホールだ。そこでの音の響き方は前者がソフトな音色を奏でるビクターのスピーカーだとしたら、後者は明晰なサウンドが売り物のケンウッドと言った具合だ。カラヤン時代のベルリン・フィルはCDのデジタルサウンドに適したきれいな響きというイメージがあるが、それはこのコンサートホールの影響もあるのかもしれない。ここコンセルトヘボウではオーケストラの音全体が丸くホールを包み込む感じで、より温かみのある演奏を楽しむことができる。

さて肝心のガッティの演奏だが、彼はオーケストラをかなり引っ張ってテンポの緩急を付ける(特に「急」)一方で、フェルマータの休符を十二分にとるというメリハリをはっきりさせるタイプだ(余談だが開演時や終演後でもなかなか期待したタイミングで舞台に現れないという「間」の悪い感じあり)。果たしてオーケストラがこれについて行けたかというと少々疑問。ベルクの曲はかなり頑張っていたが、「悲愴」の第1~2楽章は結構バラバラ。さすがに第3楽章はきっちり合っていたが、フィナーレでは少々間合いの取り過ぎが気になった。終演後の楽団員の雰囲気を見て、なんとなく「今週はちょっとキツかったね。とりあえずは合わせたけれど..」みたいな感じがしたのは気のせいか。でも第3楽章で最初は抑え目にして徐々に高揚感を高めて行く演奏にはブラボーで大満足。


日時: 2006年 9月30日(土) 20:15~22:15
曲目: ワーグナー : 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
ベルク : 管弦楽のための3つの小品 Op.6
チャイコフスキー: 交響曲第6番ロ短調 Op.74「悲愴」
指揮: ダニエーレ・ガッティ(Daniele Gatti)
演奏: ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団


10月を前にヨーロッパのコンサート・シーズンも本格的にスタートだ。夜が長いヨーロッパの秋から冬は、クラシック音楽を聞きたいという誘惑をこの上なく強くする。これからもできる限り機会を見つけてはコンサートに足を運びたいものだ。

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September 27, 2006

祝1位通過・北海道日本ハムファイターズ

いやあ、長年待っていると偶には本当に良いことが起こるんですねえ。というのはオラニエ公が30年以上も応援し続けていた日本ハムファイターズが、パシフィック・リーグの一位でシーズンを終了したんですよ。まだプレーオフが残っているのですが、前回の優勝が1981年だったので、それから数えるともう25年も経っているのですね。楽天を除けば12球団で一番リーグ制覇から遠のいているらしいです。今年も数日前にエース金村の首脳批判騒動があった時にはもうこれで終わったと観念したのですが、却ってそれをバネに最終二連戦でソフトバンクのエース級を打ち破って連勝したのですから大したものです(ひとつでも負けていれば2位)。

昔は東映フライヤーズ、さらに日拓ホーム、日本ハムを経て今は北海道のチームになっているんですが、なかなか一度応援の始めたチームというのはいくら弱くても変えられないものです。性格的にマイナー(音楽でいうと短調のこと)なものに興味を持ちやすいんで、「巨人-大鵬-玉子焼き」とは正反対ですね(古い例えでわからない方ごめんなさい)。東京ドームにも足を運びましたよ。ファイターズ歴代の名選手としては、首位打者張本に始まってアンダースローの高橋直樹、新人王投手の木田、勝率100%の間柴、不動のエース西崎など懐かしい名前が浮かんで来ます。こうしたOBの皆さんもきっと嬉しく思っていることでしょう。

これからプレーオフですが、あまり期待すると残念な結果になるのが怖いので、そこそこの期待を持って応援したいと思います。ただしゴルフをしていてもわかるように、勝負の鉄則は「勝てる時を逃すな」ということですので、今年こそがその時なのかもしれません。もうひと頑張りだ、ファイターズ!地球の反対側から応援しているぞ。

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September 24, 2006

歴史解釈の難しさ - ヴァンゼーにて

ベルリン旅行から帰る途中に、ベルリン郊外あるヴァンゼー会議記念館 (Gedenkstaette Haus der Wannsee Konferenz) に立ち寄る。ここは1942年1月にナチスの幹部が集まってユダヤ人問題の「最終解決」が決定された場所として知られている。ヴァンゼーは湖に面したベルリン郊外の高級住宅地で、ヨットが沢山係留されている別荘地のような所。そのような決定がされたとは思えないようなのどかな雰囲気である。

この博物館は会議そのものというよりも、ナチスによるユダヤ人迫害の歴史をわかり易く説明した展示場になっている。この手の展示は何回か収容所跡地などで見てきたが、ここは全ヨーロッパで起こったことが年代を追ってコンパクトにまとめられている。特にユダヤ人の女の子達が学校で撮った集合写真(1919年)には胸を打たれる。一体この子達のうち何人がホロコーストを生き抜くことが出来たのだろうか。この時には誰も予想しなかった運命が待ち受けていたのである。少なくともほぼ全員が人間の尊厳を否定されるむごい仕打ちにあったことだけは確かである。

このホロコーストについては、いまだに犠牲者の数一つをとっても論争が繰り広げられている。一般には600万人のユダヤ人が命を落としたとされるが、数十万人だったり、あるいはガス室での処刑自体存在しなかったとまで言う人もいる。ここヴァンゼーでの会議も、ユダヤ人の虐殺が最終決定された場所ではないという説も根強い。会議自体ヒトラーやナチスの幹部は出席していないこともあり、「最終解決」は「収容所での処刑」であるとは限らない(例えば東方への移住)という解釈もあるからだ。

わずか数十年前の話ですらこれだけ曖昧なのに、これから先歴史的に「正しい」ということはどのように伝えられていくのだろうか。歴史はあくまでも主観の問題であって、客観的に「正しい」ものはないともいわれるが、それにしても解釈が違い過ぎる。経緯やプロセスは様々だが、職務に忠実なドイツ人が上官の指示に従って事務的に処理を行った結果の積み上げが大勢のユダヤ人の死であったということだけは確かなようだ。この後に訪れた湖畔のレストランで、ドイツ人ウェイターの勤勉な態度を見てふとそう感じた。

<湖畔に建つ記念館>
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September 23, 2006

サイモン・ラトルに大接近

この週末はご近所のR&S夫妻と一緒にベルリンへ出掛けた。

その一つ目のイベントがサイモン・ラトル指揮のベルリン・フィルによるコンサート。予約に出遅れたオラニエ公は、当日ピックアップのチケットは何とか手にしたものの、かなり上の方のブロックだ。ちょうど反対側に1ランク上の席に座るオラニエ夫人を見下ろす形になった。R&S夫妻もその近く、指揮台を見下ろすかなりの至近距離に見える。このオラニエ公だけが孤立した位置関係が、後々の出来事に影響してくるとはそのときは気がつかなかった。

まずは最初の休憩時間。ドリンクの集合場所(1階ロビー)に遅れまいと近道?と思しきガラスの扉を超えていくと、そこはなんと舞台裏。さっきまで演奏していた楽団員がくつろいでいる。一応係りの人は立っているのだが、フリー・パス状態でそこにたどり着いてしまったので、逆にこっちがビックリだ。ここには飲み物を出すカウンターもあるし、楽器をしまうケースも沢山並んでいる。まずはベルリン・フィルの舞台裏を思いがけなくも覗けてラッキー。

次は終演後。これまた帰りの集合場所(CD、グッズ売り場)に急ごうと人の流れについて非常口?と思しき扉を開けて進んでいくと、外ではなくて何とまたさっきの舞台裏ではないか。そこでふと目の前を見ると、タクト(指揮棒)を片手にしたソバージュ風ブロンドの紳士が立っている。これは誰だっけ?その燕尾服の曲線部分から目線を上に移すと、何とグラスを片手に談笑しているサー・サイモン・ラトルではないか。天下のベルリン・フィルの主席指揮者をわずか2mの至近距離で見られるなんて大感激。

ちょうど真横から見ていたので、その胸板のが意外と厚いことを発見。話している言葉はやはりブリティッシュ・イングリッシュだ。折角のチャンスなのでお話/サイン/写真を......なんてミーハーにも思い、2-3歩進んで握手して"Sir Simon, You did a great Job !!"......なんては勿論言いませんでした。楽屋裏に来るのは指揮者や団員のお友達ばかりのようで、そこで初対面の日本人が接触するのはやっぱりマナー違反かなと思い、同じ空気をともに吸った?ことに満足してオラニエ公は退出。と振り向いた瞬間に係りの人と目線がバッチリ。何にも悪いことはしていませんよ、とお咎めもなし。それにしても先日のオランダ皇太子との遭遇といい、最近オラニエ公にはコンサート運があるようだ。


日時: 2006年 9月23日(土) 20:00~22:00
曲目: ベルリオーズ : 劇的交響曲「ロメオとジュリエット」(抜粋)  Op.17
ストラヴィンスキー : バレエ音楽「アゴン」
ベートーヴェン: 交響曲第5番ハ短調 Op.67
指揮: サー・サイモン・ラトル(Sir Simon Rattle)
演奏: ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団


ストラヴィンスキーのバレエ音楽といえば「春の祭典」や「火の鳥」だが、この初めて聞いた「アゴン」というのは1957年作のかなりの現代芸術的な響きのする曲。それにしてもベルリン・フィルは現代ものをカップリングするのが好きである。こうしてメジャーになって行く曲もあるのだろうか。でもやはり今日のメインはベートーヴェンの5番。1-3楽章、特に第2楽章の流れるような美しい展開は宝石の輝きのよう。フィナーレではピッコロ奏者が楽器の調子が悪そうで心配になったが、大過なく演奏は終了。さすがはベルリン・フィル、バランスの取れたシンフォニックな響きは超一流でオラニエ公も大満足。

誘ってくれたR&S夫妻に感謝。思い出深い楽しい旅行になりました。

<ベルリン・フィルハーモニーの金屋根>
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September 15, 2006

ジョージ・クルーニーの国連演説

昨夜CNNを見ていたら国連の安全保障理事会からの生中継に切り替わり、そこで俳優のジョージ・クルーニーがスーダンのダルフール紛争の解決を訴える演説をしていた。どうやら今年の4月に現地を視察するなど、彼はこの紛争に対して積極的に関わって来たらしい。俳優さんなので演技満点で訴えるのかと思っていたら、意外にも原稿用紙の棒読みに近かったのでちょっとがっかり。でもスーツに身を固めての立ち居振る舞いはカッコイイし、今日のネットでもしっかりとニュースになっていた。

オラニエ公的にはジョージ・クルーニーは今でも「ER -緊急救命室」のダグラス・ロス先生のイメージが強い。彼はダルフールを訪問したときに、医療面での危機的な状況の理解に、ERの時の経験が役に立ったのだろうか。言うまでも無いが彼はERスタート時のレギュラー陣の中でダントツの出世頭だ。まあ最初からクビ二つ抜け出ていたような感じはあったが、番組の主役・同僚のグリーン先生(アンソニー・エドワーズ)、あるいはベントン先生(エリック・ラ・サル)と比べてもその後のハリウッドでの活躍度は突出している。やはりあの甘みあるマスクと端正な顔立ち、ちょっとワイルドでかつ優しいところが特に女性ファンに対してイイ感じを醸し出すのだろう。

最近日本から送られてきたビデオで丁度「ER」を見ている。今年で11年目を迎える長寿ドラマだが、ここに来て唯一最初からレギュラー出演してきたカーター先生(ノア・ワイリー)が降板するとの噂もちらほら。やはりこの役以外にも挑戦したいという希望が強いらしい。彼はジョージ・クルーニのようなセクシーな大人というよりは、童顔のまま無精ひげの生えたオジサンのイメージが定着しそうなので、新しい世界にチャレンジするには良いタイミングかもしれない。

「ビバリーヒルズ青春白書(古い!)」を初めとする海外ドラマの主人公達のその後の活躍というのは、オラニエ公として気にあるところである。浮き沈みも激しいこの世界なので、カーター君を含め「ER」メンバーの今後の活躍に注目したい。

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September 11, 2006

フランス東部の旅(フレンチ・アルプス編)

7月に訪れた「フランス東部の旅」日記の第二部「フレンチ・アルプス編」を書き上げた。

第一部「アルザス編」のUpから約10日間。わずか3日間の旅行記であるにも関わらず、何でこんなに日数が掛かってしまうのだろうか。ページ作成ツールとして「ホームページビルダー」の古いバージョンを使っているので、一昔前のVGA画面的なページにしかならないのが残念。もっと見た目もカッコ良くなって、写真も原寸大で見れるような新しいツールの検討が必要だ。

フランス一のスキーリゾート地シャモニーを起点に、アルプスの山を見ながらハイキングをするというなかなか得がたい体験をした。この手の場所は天候が重要だが、好天の中アルプスの最高峰モンブランを間近に眺めることができてとてもラッキー。3000メートル級の山々が幾重にも連なる一方で、大きな氷河が何筋にもなって谷に流れ込もうとしている景色の雄大さは、不思議に人を惹き付けて止まない。でもこのダイナミックさをデジカメの写真でどこまで伝えられるかなあ。

こうした景色に囲まれていると、つい日常の仕事や煩わしいことを忘れている自分に気がつく。この次もまたこんな所へ旅してみたいものである。

<フレンチ・アルプス編・旅程>
7月24日(月) スイスを越えてアルプスへ移動
7月25日(火) モンブランとアルプスハイキング
7月26日(水) アルプスからブルゴーニュへ移動

良かったら見てください(こちらから始まります)。
このフレンチ・アルプス編に続くブルゴーニュ&シャンパーニュ編も近日中にアップの予定。

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モンブランの雄姿

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September 08, 2006

オランダ皇太子夫妻 in ゲルギエフ・フェスティバル

今日はゲルギエフ・フェスティバルのオープニング・コンサート。ゲルギエフはロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団の主席指揮者で、世界的にも名前を知られている。そういうこともあってDe Dolenというホールは珍しく満席状態になっていたが、開演前に何となく2階席の一番前の辺りの人たちの服装が特にきらびやかで雰囲気が華やいでいるなあと思っていた。

休憩時間にロビーに出て一緒に来た友人と話しをしたところ、まずその人たちが先に客席から出られるように、警備員が他の観客を制止していたとの情報を得た。これは王室関係者レベルのかなりのVIPが来ているのではないか。そんな好奇心一杯で席に戻ると、右前方に見えるのは髪の毛をしっかりと分けたオランダ皇太子アレキサンダーのようだ。すると隣にいるのはプリンセス・マキシマか!!でもオランダの皇太子は3人兄弟だから本当に皇太子???

そこでオラニエ公は躊躇することなく隣に座っていたオランダ人に確認。
Q. 「彼らは誰だか知っていますか。」
A. 「オランダのプリンスだよ。」
Q. 「(3人いるうちの)どのプリンスですか?」
A. 「アレキサンダー皇太子で、プリンセス・マキシマもいるよ。最初の挨拶でも王室関係者が来場しているとも言っていたよ。」
納得である。フェスティバルの主催者の挨拶(オランダ語)の途中で何故か拍手が起こったこと、オラニエ公の席の3列前にカメラマンが陣取っていて舞台でない方にしきりと向いてシャッター切っていたことなどすべてが合点がいった。

肝心な演奏のほうも「天覧コンサート」のせいもあってかいつになく気合が入っているようだ。ゲルギエフの独特の指揮ぶりにあわせて微妙な強弱が表現されている。特にエロイカの一&四楽章では単純な主題をベースに畳み掛けるように展開するベートーヴェンのオーケストレーションをダイナミックに堪能できて満足。

日時: 2006年 9月8日(金) 20:15~22:40
曲目: ベルリオーズ: 序曲「ベンヴェヌート・チェルリーニ」 Op.23
コルンゴールド : ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.35*
ベートーヴェン : 交響曲第3番変ホ長調 「英雄」 Op.55
ヴァイオリン:ニコライ・ズナイダー (Nikolaj Znaider)*
指揮: ヴァレリー・ゲルギエフ(Valery Gergiev), 演奏: ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
場所: de Doelen (ロッテルダム)

終演時には皇太子夫妻のタイミングに合わせて別の扉から退出し、ホールのロビーで約10mまで接近に成功。マキシマも長身だけれど、皇太子もオランダ人らしく随分と背が高いんだなあと確認した。こんな話を聞いたら「何で私を連れて行かなかったの!」とオラニエ夫人に責められそうだと思いながらホールを後にしたオラニエ公だった。僕って結構ミーハーだったりして。

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September 05, 2006

クラシック音楽の黄昏

「西洋音楽史-クラシックの黄昏(岡田暁生著=中公新書)」 という本を読み終えた。普段何気なく聞いている「クラシック音楽」は、長い音楽史の中で本当に一時期のものでしかない。バッハの活躍した大体1700年過ぎからマーラーが最後の交響曲を書いた1910年位だろうか。前から疑問に思っていたのは、どうしてこの20世紀以降には「クラシックの名曲」と呼ばれるものが生まれ難いのだろうということだ。この本はそんな疑問に答えてくれるだけでなく、その前後を含めて西洋の音楽史での流れを分かりやすく解説してくれた。

結論から言えば19世紀のロマン主義の音楽でほぼこのクラシック音楽は完成の域に達してしまい、それ以上のものはもうどうしても作れなくなってしまったのだ。例えば絶対音楽を極めたブラームスやブルックナー、標題音楽ではベルリオーズにリスト、その延長にワーグナー、ピアノの分野ではメンデルスゾーンやショパンで完成の域に達したと言えるのだろう。確かにマーラーのような交響曲を作られた後で、何の新しさを求めるかと言うと、もう奇を衒ったようなマイナー路線、社会主義リアリズムのようなイデオロギー、あるいは12音技法のようなテクニカルな選択しかもう余地がなかったのかもしれない。

いつまでも19世紀印象派の絵画が美術館でメジャーであるように、「クラシック音楽」の分野は今後とも続いていくのであろう。この18~19世紀というのは市民社会が急速な成長を見せ、文化的には(物質的ではなく)今よりもずっとダイナミックに変化していた時代なのだろう。そこでそれに応えた多様な芸術(絵画・音楽)が創作されて、いつまでも人の心を打つのだと思う。しかし仮に2500年になってもこの期間の音楽だけが繰り返し演奏されているとしたら、じゃあこの20世紀後半や21世紀は何だったの?ということになるのだろう。ローマ文化が爛熟した後に混沌とした中世が訪れたように、今もまた長い歴史的視点で見ると文化的にはそれこそ黄昏も過ぎて暗黒時代なのかもしれない。

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September 04, 2006

世界遺産 フランス縦断の旅

フランス熱がまだ収まらない我が家で、このNHKのシリーズ全8回を見る機会に恵まれた。ちょうどオラニエ公が「フランス東部の旅」(現在旅行記執筆中)に出掛けていた頃に生中継されていたようだ。

フォンテンブロー ~ セーヌ河岸(パリ) ~ プロヴァン ~ ヴェズレイ ~ リヨン ~ オランジュ ~ アヴィニョン ~ マルセイユ、という8ヶ所のうち、プロヴァン、ヴェズレイ とリヨン以外には行ったことがあり、画面を追いながら当時を懐かしく思い出すことが出来る。特に最後の3都市は灼熱の2003年の夏に訪れていたので、35度以上にもなっている暑さがよく実感できた。

その時オランジュでは生まれて初めてのオペラ(ヴェルディの「オテロ」)をローマ古代劇場で見ることが出来た。その日はとにかく暑くて、オラニエ夫人から2リットルの重いエヴィアンのボトルを持たされて観光したのを憶えている。またアヴィニョンでは偶然にも街のど真ん中の広場に面したオペラ歌手の家に滞在した。ここは部屋もロケーションも最高だったが、冷房が無くて夜中に涼しい場所を探してウロウロとさまよった。

当時の写真を見ると、3年前だがオラニエ公は随分と若々しく写っている。今や不惑も超えてしまったせいか、当時の「若手社員風」な面影はない(以前から無いか?)。でもオラニエ夫人の方は今とあまり変わりがあるような無いような......ノーコメント。

「世界遺産 フランス縦断の旅」に話を戻そう。前半はフランス留学経験のあるとかいうタレントが出てきておしゃべりをペチャクチャしていたのがはっきり言って耳障り。かつ生中継が間延びしていたので、かなり早送りしたいモードだった。ここの辺りは最終回の総集編パートを見れば十分だ。でもヴェズレイの教会にドイツ兵が十字架を奉納した話には思わず感動してしまった。オラニエ公の今年の旅行でここに寄らなかったことが悔やまれる。オランジュ以降は構成がシンプルになり、また行ったことのある土地ばかりになったこともあって、3年前の追体験をするように十分楽しめた。

この次の「世界遺産縦断」シリーズはどこであろうか。まずはこのビデオを見る機会に恵まれたことに感謝感謝。

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<アヴィニョンの橋>

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September 02, 2006

フランス東部の旅(アルザス編)

今年の夏休みはまだ暑かった7月の下旬に車でフランスを回ってきた。特に最近ワイン好いているオラニエ夫人の影響もあり、アルザス、ブルゴーニュ、シャンパーニュというワインの里を巡ってWine&グルメを楽しむことができた。

フレンチ・アルプスまで加えた11日間だったが、同じフランスでも色々な違いがあり、気がつくとあっという間に終わってしまった。アルザスで特に興味深かったのは、どこまでも広がるブドウ畑の中に点々と現れる小さな村々の美しさだ。フランスというとまずパリを思い起こすが、今回訪れた所はどこも個性的で可愛い街で、大都会にはない魅力に溢れている。

旅行記に残そうとは思ったものの、なかなか完成させるまでの時間がない。まずは最初の3日間(アルザス編)をオラニエ公のホームページにアップしたので、興味のある方はご覧ください。

<アルザス編・旅程>
7月21日(金) アムステルダムからストラスブールに移動
7月22日(土) アルザス探訪(その1) : ストラスブール、サン=キラン、リックヴィル
7月23日(日) アルザス探訪(その2) : リボーヴィレ、ニーデルモルシュヴィール、イルハーゼン


このアルザス編に続くフレンチ・アルプス編も近日中にアップの予定。

Photo
アルザス伝統料理ベックオフ(Baeckeoffe)の容器

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