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November 07, 2006

「ワインの自由」

友人から推薦された表題の本(堀賢一著:創美社)を読み終えた。著者はカリフォルニア在住のワイン専門家で、ワインの基本的な知識から、業界の実態やそれに対する思い等を綴るコラム集である。オラニエ公としては例えば「シャブリに見られる火打石のような香り」と言われてもあまり想像がつかないが、産地の特性やトピック、栽培方法、製造過程などの話はなかなか奥が深くて興味をそそられる。

例えば「日本産」とされているワインの中身の多くはブルガリアやアルゼンチン、チリといった安く生産が可能な国からの、バルク・ワインあるいは濃縮果汁としての輸入に基づいて生産しているとのこと。これらは単に「輸入ワイン使用」と書かれているだけで「国産品」として流通している。これって一体何者と言う感じだが、以前ボーヌで見かけた「世界のワイン生産地図」に載っていたブルガリアのワインが、店頭にはほとんど並んでいない謎が解けた気がした。それは「日本産」として出荷されているのだ。

ワイン大国であるフランスの伝統に基づいた制度と、New Worldと呼ばれる地域(アメリカ、オーストラリアなど)の科学的・合理的なワイン産業の違いも面白い。特にフランスは全国原産地呼称協会(INAO)や原産地統制呼称法(AOC)という制度が、ワイン作りのさまざまな過程に規制を作っている。またワインの生産過剰に伴なう減反政策も実施されているようで、零細なワイン農家は後継者不足も加わって淘汰されつつあると聞いた。これはまさに日本の稲作と似ている。まあコメはフランス・ワインほど国際的には受け容れられていないが。自国での消費量が落ち込んで、量から質へと変換しているのもコメと同じだ。この半世紀で量としてはほぼ半減しているが消費金額は若干伸びていると言うから、皆より高級なワインを少量飲んで楽しむ生活になってきているのであろう。

あと面白かったのは「ブラインド・テイスト」のこと。これはラベルを見ずにワインを飲み比べることで、かなりの専門家でもカリフォルニア産の普通のワインをフランスの上級のワインと取り違えたりしてしまうことがあるそうだ。真っ暗闇だと「赤」か「白」かの区別もつかないこともあるとか。ラベルというかブランドに影響されて、「ああこれはさすがXX年製のYYワイン」などと(実際にはそうでなくても)満足してしまうところが、人の機微を突いているようで面白い。クラシックの演奏も「これはベルリン・フィルの演奏」とCDのラベルに書いてあれば、確認するすべも無く「やっぱり上手い」という心理が無意識に発生しそうなのと似ているか。いずれにしてもその味や音楽で個人が満足できれば良い話である。

このヨーロッパ生活で、オラニエ夫人のワインの量というかたしなむ回数が増えてきているような気がする。これまた「ワインの自由」を楽しんでいるようだ。オラニエ公もワイン産地への旅やワイン・グラスを傾けての楽しいお付き合いが増えてきた今日この頃、もっとワインの奥深さを探求したいものだ。

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