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December 25, 2006

映画「敬愛なるベートーヴェン」

オラニエ公は年末年始の一時帰国で日本に滞在中である。自由な時間が取れそうなので久しぶりに映画を愉しむことにした。オランダの映画館では「英語セリフ&オランダ語字幕」のため、肝心なところがよく分からずフラストが溜まってしまう。面白そうな映画を探していたところ表題作を発見。年末の「第九シーズン」に合わせて公開というところだろう。

「孤高の天才音楽家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンと、彼のコピスト(写譜師)となった作曲家志望の女性アンナの師弟愛を描いた感動ドラマ。魂で結ばれたベートーヴェンとアンナの複雑な師弟愛と、迫力の“第九”シーンに注目したい。」という宣伝文句に引かれて新宿の映画館に足を運ぶ。

まず髪を振り乱した肖像画でのイメージしかないベートーヴェンの実像に触れるという意味で面白い。芸術家らしく気難しい気性、甥カールへの溺愛、コピスト(写譜師)を使う作曲の過程などをリアルに感じ取ることが出来る。そして「迫力の“第九”シーン」になるが、これは師弟関係を強める前半のヤマというところ。実は後半の弦楽四重奏曲「大フーガ」作曲の過程の方がこの映画の本題であろう。「Copying Beethoven」という原題が示す通り、アンナは作曲家志望だが楽聖ベートーヴェンのコピー以上にはなれない。「合唱つきの交響曲」を初めとする時代を先取りする創作は、神からの啓示を受けたごく一部の人間以外には不可能であるということ、この辺りの考えは「アマデウス」とダブって見える。邦題はより原題に忠実にした方が分かり易いのではと思った。

またこの映画を「フィクション」として考えれば別だが、実在の人物伝という点から考えるとどうも納得がいかないところが多い。難聴のベートーヴェンは「第九」を書く頃には筆談でしかコミュニケーションできなかったはずだが、映画では巨大な金属製の補聴器を付けて会話をしている。「補聴器を色々試したが、実際にはあまり役に立たなかった。」とウィーンの博物館ででは展示されていた。また「第九」の初演は彼ともう一人の指揮者が並んで指揮をしたと言われているが、映画ではアンナの助けを受けた彼だけが指揮台にいる。そもそも「大フーガ」って聴いたことも無いが、時代のトピックとなるような重要な曲だったのだろうか?

残念ながらこうした違和感は唐突とも思える字幕解説(「大フーガ」の後世への多大な影響とベートーヴェンの死)によるエンディングで更に強まってしまった。前半のヤマ「第九」を超えることは、映画監督がいくら頑張って盛り上げてもやはり「大フーガ」には荷が重かったのだろう。クレジットが終わるまで誰も席を立たなかったのは、みんな「あれ、これで終わりなの?」という感覚を共有していたからではないか。

結局オランダの映画館でのフラストと同じように、何となく中途半端な感覚で映画館を後にした。まあクラシック音楽を題材にした映画と言う意味ではそれなりに楽しめたし、本物の「第九」のコンサートには数日後に行くことにしているので、今日のところはこれで良しとしよう。

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