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February 24, 2007

ネーデルランド・オペラの「タンホイザー」

今日はネーデルランド・オペラの「タンホイザー」をアムステルダムのミュージックシアター(Het Muziktheater)に見に行く。オランダでオペラを見るのはこれが初めてだが、ほぼ100%ネクタイ着用のドイツに比べて結構ラフな格好の観客も多く3階建てのホールは超満員だ。

「タンホイザー」は全3幕3時間30分もの大作なので、通常より早く18:30に開演。この前聞いた「トリスタンとイゾルデ」が少人数による対話中心の作品なのに対し、こちらは大合唱団が活躍する華々しいオペラ。聞いたことのある有名なメロディーも随所に現れるので、その意味ではとっつき易く楽しむことができる。午前中のゴルフ・ラウンドの疲れもなんのその、オラニエ公もほぼ全曲気を失うことなく観劇できた。

演出上面白かったのは第二幕。有名な歌合戦の場では、中世の吟遊詩人たちがスタンド・マイクの立つカラオケのステージのようなところに行って、マイクを奪い取っては歌い合うという場面が展開。この演出にはつい先日カラオケ・バーを貸し切っての送別会を楽しんだばかりのオラニエ夫人にはかなり印象的だったもよう。さらにこの歌合戦の観客の紳士淑女達が何故か全員日本のと思しき鎧兜を付けていたのが不思議だ。特に頭にかぶった兜の角がまさにカブトムシのみたいだったので、「なぜ虫の集団?」と思わせるところも一興。

注目のオペラ歌手だが、タンホイザーを演じたのはJohn Keysというアメリカ出身のテナー歌手。どこかで見覚えがあると思ったら、先日見た日本のテレビ番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」でべルギー在住の指揮者大野和士が紹介され、ブラッセルのモネ劇場で「トリスタンとイゾルデ」を振った時のトリスタン役に抜擢したその人だった。その大きな体を生かして、他のメンバーからは頭一つ抜け出た間のある熱唱。特に第二幕の歌合戦のヴェーヌスベル クのメロディーを歌うことを抑えられないという場面での演技が印象に残った。これに次ぐのが国王ヘルマン役で、図太く威厳に満ちた歌は安心して聞くことができる。タンホイザーの親友ウォルフラム役は、ヴィーナスから最も遠くにいるような「真面目なお役人」という感じは良かったのだが、体が細身のせいか声量が今ひとつでちょっと残念。

オラニエ公の席は2階席(ここでは1階席)の最後列で、お値段は35ユーロというお手頃価格。特にこの辺りは舞台上方にあるオランダ語字幕パネルが見えないので安くなっているらしいが、舞台は良く見えたしパネルは見ても分からないので問題なし。次に行く機会があったらまたこの辺りが狙い目かもしれない。

終演は11時近くになったが、最後もまたひとしきり有名な「巡礼の合唱」のテーマで盛り上がって終幕。やはり「タンホイザー」は何回見ても楽しめる演目だ。家に帰ったらもう一度DVDでおさらいをしよう。


日時: 2007年 2月 24日(土) 18:30~22:45
演目: ワーグナー :楽劇「タンホイザー(タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦)」
主な配役: タンホイザー:John Keyes、ウォルフラム: Roman Trekel 、
領主へルマン: Kristinn Sigmundsson、エリザベート:Ricarda Merbeth
演奏: ネーデルランド・フィルハーモニー管弦楽団
合唱: ネーデルランド・オペラ合唱団

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February 21, 2007

復活目指すサンクトペテルブルク・フィル

サンクトペテルブルク・フィルといえばあの巨匠ムラヴィンスキーが君臨した旧ソ連最高峰のオーケストラ、レニングラード・フィルの末裔というかそのものに当たる。ところがソ連崩壊後の混乱のため人材が流出したせいか、最近ではあまり聞かなくなっていた。今回のオランダ公演旅行もアムステルダムのコンセルトヘボウには来られず、オラニエ公はユトレヒトのVredenburgというホールまで出掛けていった。

以前もここで旧ソ連の巨匠ウラディミール・フェドセーエフ(指揮者)の健在ぶりを聞けたことがあったが、果たして今日はどうだろうと期待が一杯。最初の曲はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番。驚いたことにソリストは中国か韓国系と思しきアジア人のまだ若い女の子。黒をベースにしたドレス姿が素敵なんて気になっていたが、演奏の方も若さ溢れるタッチで弾きまくりという感じ。第一楽章が終わった時点でその演奏ぶりに拍手が起こったくらいだ。ところがオケの方が全然乗ってこない。主旋律になるはずのトロンボーンやホルンが平気で落ちたりするし、全体にサウンドが響かずにピアノばかりが浮き上がってくる。「おい、もっとしっかり吹けよ。」なんて思っているうちにフィナーレで、オケは少しは響くようになったが、コーダでピアノとの呼吸が合わずに終了。若手女流ピアニストのメリハリのきいた流れるようなタッチにオケが救われた第一部という感じ。後で分かったのだが、彼女は日本でも最近公演を開いている今売り出し中の中国人ピアニスト(王羽佳)だった。

かつての栄光に輝くサンクトペテルブルク・フィルもここまでかと思いきや、第二部に入って状況は一転する。あまり馴染みの無いラフマニノフの交響曲で、オーケストラの編成も第一バイオリン16本をはじめとするステージから溢れんばかりの大編成。粗くて洗練されていない演奏になるかと心配したが、これが意外とテミルカーノフの指揮のもとバランスの取れた響きを奏でた。特にオラニエ公には堪らないロシアの美しいメロディを歌う第三楽章、更には一転して抑え切れない情熱がほとばしるようなフィナーレの対比が心に残った。ロシアの伝統か管楽器(特に金管)の粗さに比べて、流れるようにメロディーを繰り出す弦楽器の充実振りが感じられた。

ムラヴィンスキーの死去でこのオケをテミルカーノフが受け継いだのがソ連崩壊直前の1988年。それから20年弱の間色々と辛いこともあっただろうが、まだまだ頑張ればかつての栄光に少しでも近づけるのではないか、そんな思いを抱かせるコンサートだった。

日時: 2007年 2月 21日(水) 20:15~22:15
曲目: チャイコフスキー : ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 Op.23*
ラフマニノフ : 交響曲第2番 ホ短調 Op.27
ピアノ: 王羽佳 (Yuja Wang = ユジャ・ワン)*
指揮:ユーリ・テミルカーノフ(Yuri Temirkanov)
演奏: サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団
会場: Vredenburg (ユトレヒト)

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February 19, 2007

秘曲発見!「チェコ組曲」

最近気に入っている曲にドヴォルザークの「チェコ組曲」というものがある。これはドヴォルザークの出世作と言われている割には日本ではほとんど無名で、昨年末にヒットしたドラマ「のだめカンタービレ」の冒頭のプラハでの回想シーンのバックに流れてから知られるようになった。今までいかにマイナーだったかというと、例えば国内版として販売されていたCDはほぼ1種類のみ(NAXOSレーベルの廉価版)。また国内のアマチュア・オーケストラのDBで調べても、過去10年以上数千回の演奏会で取り上げられたのがわずかに2度という有様。今まで曲の存在すら知らなかった。

オラニエ公は先日出掛けたフランス北部の都市リールの大型CD店(FNAC)で、ドヴォルザークの他の管弦楽曲とセットになった2枚組をゲット。演奏も少々粗いが素朴なチェコ・フィルハーモニーの演奏だ。「チェコ組曲」は全部で5曲で、「のだめ」では第2曲(ポルカ)とフィナーレ(フリアント)が採用されている。この2曲は民族舞曲をベースに、ボヘミアの厳しい自然とそこに暮らす人々の素朴な生活を歌った素敵なメロディーに溢れている。それにしても「のだめ」のプロデューサーというか音楽担当者はさすがだ。数限りない曲の中からこの「秘曲」とも言うべき飛び切りのスグレモノを見つけたのだから...。

ドヴォルザークという作曲家は第7番、第8番、第9番「新世界より」と、交響曲ではかなり名を知られている。ところがいくつもオペラを書いているのにほとんど上演されていない。管弦楽曲もスラヴ舞曲と2-3の小品はよく知られているが、オペラと同様に幾つもある交響詩は残念ながら無名だ。買ってきたCDには「チェコ組曲」ならぬ「アメリカ組曲(全5曲)」(これも無名)というのも収録されている。「秘曲」は思わぬところから現れるので、ロシア・東欧モノ好きのオラニエ公としてはこのCDだけでなく、今後もコンサートやTVをウォッチして行きたい。

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February 17, 2007

「モーツアルト99の謎」

去年はモーツアルトの生誕250年で、この手の本がそれこそ雨後のタケノコ状態で本屋に次々平積みにされていたような気がする。このような本は初心者向けということで、明らかな間違いを平気で書いている場合も見受けられるが、この文庫本(近藤昭二著:二見文庫)は99もの「謎」というか「トピック」を連ねるているだけあって、かなり専門的だ。

本の内容で面白かったのはモーツアルトの「推定年収」である。彼は「天才だったが経済的には不遇で早世」というイメージがあるが、実は経済的にはかなりの収入があったようである。特に故郷ザルツブルクを捨ててウィーンに出て来た当初の頃はかなりの売れっ子で、作曲だけでなく貴族の館でのコンサートやピアノの家庭教師など、史上初の「自由音楽家」として多忙を極めていた。

・貴族や富裕な商人の子女へのレッスン代 : 約400万円以上/年
・貴族の館での演奏会: 1回最低約680万円(経費込み)x3-6回/年
・作曲料 : 1オペラにつき約300万円 (例:「フィガロの結婚」)
・宮廷作曲家としての報酬 (1787年以降) : 約500万円以上/年

そこで推定される収入を現在の価値に直すとこんな感じで、推定年収は約1,300万円から4,000万円の間にもなるという。今の会社で言えば上級マネージメントから取締役~社長級である。それでは何故晩年にあれほど貧困に苦しんだのだろうか。死んだ時の借金が約2,000万円相当もあったという。妻コンスタンツェの浪費説などもあるが、この本ではモーツアルト本人の「ギャンブル好き」が原因ではないかと指摘している。下手なビリヤードやカードゲーム等でスッてしまったのだという。あの映画「アマデウス」で夜な夜な大ハシャギする姿を見ると、確かに想像はつく。作曲には天才ということは、それ以外は本当に疎いというかルーズということは十分にあり得る。でも彼の音楽がこれだけ万人に受け入れられていることを思うと、人格的にはきっと愛すべき存在だったに違いない。

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