March 04, 2007

「オーケストラの職人たち」岩城宏之著

岩城宏之といえば日本を代表する指揮者として欧米でも有名なマエストロ。NHK交響楽団の終身正指揮者という肩書きを持ち、04年と05年の大晦日にはベートーヴェンの交響曲全9曲を一人で振り抜いて更に有名になった。残念ながら一昨年亡くなられたが、そんな人が「週刊金曜日」というちょっと政治色ありげで怪しげな雑誌に連載していたエッセイ集(文春文庫)である。原題は「裏方のおけいこ」。全く政治の色は無く、マエストロ自身の純粋な好奇心からの取材で得られた、オーケストラの裏方で活躍する諸専門家の紹介である。

・楽器運搬業者(ハープ、ピアノ)
・調律師
・写譜師
・オーケストラ随行医師
・コンサート・ビラ配布業者

こんな裏方さんたちが登場するのだが、著者自身が直接取材に回っているのがポイント。取材に来られた方もさぞかしビックリしたことだろうが、この旺盛な好奇心と現場主義が、常に新しい芸術を生み出し続ける原動力なのだろう。

例えば「田中陸運」という街の小さな運送業者は、戦後間もなく高名なドイツ人ハープ奏者が偶々近くに住んでいて、その楽器運搬をよく頼まれていた。それを契機に様々な楽器運搬のノウハウを蓄えて、現在は日本フィルハーモニー専属の業者兼スタッフになっている。当時は屋根も無いオート三輪でハープを直接クッションの上に載せて運んでいたというから、今からは隔世の感がある。著者は取材のためこの運送会社で一日アルバイトとして働き、知り合いを含む何軒ものお客様を回ったという。

普段コンサート会場で何気なく貰っているコンサート・チラシの束も、実はある会社が配布代行業ビジネスとして始めたという。一回に100枚以上のチラシを束ねてビニール袋に入れて会場で配るという一見単純そうなことでも、機械化された袋詰めの作業や会場であまり音を立てないように開発されたビニール袋、あるいはチラシを配布するタイミングと場所などかなりのノウハウが詰まっている。終演後にはホール内に捨てられたチラシをしっかりと回収するそうである。しかもこのビジネスは関東のみだというのが面白い。関西や名古屋では他のホールの宣伝になるということでコンサート会場が配布を許可しないそうである。

このような興味深いネタは、NHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」でも紹介できそうだ。この本では、実際にこの裏方さんたちに最大限お世話になっている大指揮者自ら本音で綴っていることが、益々臨場感というかリアルさを加えていて興味深い。「こんなこと言っても良いの?」という感じの話もあり、クラシック・ファンには読んでおいて損はない本である。

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February 17, 2007

「モーツアルト99の謎」

去年はモーツアルトの生誕250年で、この手の本がそれこそ雨後のタケノコ状態で本屋に次々平積みにされていたような気がする。このような本は初心者向けということで、明らかな間違いを平気で書いている場合も見受けられるが、この文庫本(近藤昭二著:二見文庫)は99もの「謎」というか「トピック」を連ねるているだけあって、かなり専門的だ。

本の内容で面白かったのはモーツアルトの「推定年収」である。彼は「天才だったが経済的には不遇で早世」というイメージがあるが、実は経済的にはかなりの収入があったようである。特に故郷ザルツブルクを捨ててウィーンに出て来た当初の頃はかなりの売れっ子で、作曲だけでなく貴族の館でのコンサートやピアノの家庭教師など、史上初の「自由音楽家」として多忙を極めていた。

・貴族や富裕な商人の子女へのレッスン代 : 約400万円以上/年
・貴族の館での演奏会: 1回最低約680万円(経費込み)x3-6回/年
・作曲料 : 1オペラにつき約300万円 (例:「フィガロの結婚」)
・宮廷作曲家としての報酬 (1787年以降) : 約500万円以上/年

そこで推定される収入を現在の価値に直すとこんな感じで、推定年収は約1,300万円から4,000万円の間にもなるという。今の会社で言えば上級マネージメントから取締役~社長級である。それでは何故晩年にあれほど貧困に苦しんだのだろうか。死んだ時の借金が約2,000万円相当もあったという。妻コンスタンツェの浪費説などもあるが、この本ではモーツアルト本人の「ギャンブル好き」が原因ではないかと指摘している。下手なビリヤードやカードゲーム等でスッてしまったのだという。あの映画「アマデウス」で夜な夜な大ハシャギする姿を見ると、確かに想像はつく。作曲には天才ということは、それ以外は本当に疎いというかルーズということは十分にあり得る。でも彼の音楽がこれだけ万人に受け入れられていることを思うと、人格的にはきっと愛すべき存在だったに違いない。

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January 27, 2007

「9・11の謎 -世界はだまされた!?」

最近ブッシュ大統領の「イラク政策」の袋小路が話題になっていることもあり、久しぶりにアメリカに目を向けて表題の本を読んでみた。この本は「9・11」の飛行機によるテロについての「公式見解=イスラム原理主義者によるハイジャック」に疑問を投げ掛けている。「実はビン・ラディン一派とアメリカ政府が地下で繫がっていて、敢えてテロを積極的には防がなかった。」というこの本の結論にはどうも無理があるようだが、個々の事件についての疑問点については「ひょっとすると?」なんて思わせるものが多い。

例えば「ペンタゴンに突入したのはB757ではなかった。」という話は昔テレビでも見た覚えがある。ペンダゴンの建物には旅客機が激突したとは思えない小さな穴しか開いておらず、救助に行った救急隊員も機体や遺体らしきものを発見できなかったという。監視カメラのビデオ映像も何故かFBIが押収したまま公開していないし、救急隊員も何故か何を見たのか口をつぐんでいるとのこと。

また乗客の英雄的な行動で標的(ワシントン)に到達できずにピッツバーグ郊外に墜落したUA93便も、実はF16に撃墜されたのではないかという話も紹介されている。確かにフライトレコーダーが回収されているにも関わらず公開されておらず、最後の3分間は記録されていないというおかしな話がついている。また墜落機の状況や周辺住民の目撃談も、戦闘機の存在をにおわせている。

その他WTCに入居していた金融機関やハイジャックされた航空会社の株式だけが、前日までに異常な「売り」の値を示していたという「インサイダー取引疑惑(直後に大暴落)」や、行方不明とされたWTCに激突した飛行機のブラック・ボックスが実は回収されているらしい(実はかなりの事故でも回収可能)など、怪しい話ばかりが次々と紹介されている。

このような「公式見解」に対する疑問というのは、実は歴史上の大きな事件に意外にも付きまとっている。例えば「ケネディの暗殺」はオズワルドの単独犯ではなかったと考える人は多いだろう。また最近では「ダイアナ元王妃の交通事故」も、未だに真相はハッキリしていないようだ。日本でも御巣鷹山の日航機事故も「公式見解」では辻褄の合わない点が多く、自衛隊の関与等の諸説が出回っている。更に大きな話としては「ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺は無かった。」というような説もある。

この「9・11」についての説を信じるかどうかは別として、こうした歴史上の「異説」に関心がある人には興味深い一冊である。

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January 15, 2007

「人は見た目が9割」

ベストセラーになっている表題の本(竹内 一郎著・新潮選書)を読み終えた。「見た目が9割」というタイトルからは、いかにして見た目をカッコ良くできるかというのポイントが書かれている実用書かと思ったが、「言葉以外」のノン・バーバル・コミュニケーションについての面白い入門&エッセーである。まず前提として人が受け取る情報のうち「言語」はわずかに7%でそれ以外の「顔の表情」「声の質やテンポ」といった部分からが93%にもなるという理論が紹介されている。ようは同じ台詞を喋っても、その人のルックスや態度、感情の方がよっぽど重要であるということ。まあ会社でも同じ命令もその言う人によって「よし、頑張ろう。」となるか「またあんなこと言っているよ。適当にやって置くか。」という風に違って受け取られることはよくある。そうなると結局は人格の話かと思ってしまうがそうではない。この筆者は漫画の心得もあり更に舞台の演出もしているというその道のプロで、「あの人はできる」というよう事前の観念のない「舞台」や「漫画」という客観的な場でのコミュニケーション論を展開している。

人の行動の中で嘘をつかない順序で行くと「言葉」は7番目の最後で、その前に「ジェスチャー」や「仕草」などが並んでいる。つまり言葉づらで嘘をつくのは簡単でも、その瞬間に意味も無く手を揺らしたりおどおどとした表情になりやすい。舞台では逆にその習性を利用してわかり易く演技させるのである。

そこで面白かったのは例えば「浮気」等で嘘をつくときの男女の差。「男は嘘をついた時、目をそらす。やましい気持ちが目に表れる。」ところが「女が 嘘をついたときは相手をじっと見詰めて取り繕おうとする。」確かにそういうものだと納得できるが、結果として一般的に男の浮気の方はばれ易いとのこと。オラニエ公を初めとする男性諸氏はきっとじっと見詰められた上で簡単に騙されてしまうのだろう。まあ「知らぬが仏」という言葉もあるし.....。

それから重要なのが「間」である。「間の読めないヤツ」とか「間の悪い人」というのは存在する。オラニエ公も宴席や会合でそうならないようにしているのだが、あまり意識すると却って逆に出てしまいなかなか難しい。舞台の台詞や漫画でも、途中に大なり小なり間をおくことで沈黙が発生し、「あれこの後どうなるの?」というような形で聴衆のアテンションを引き出してより印象に残るという。まさにこれは会社のプレゼンテーションで単調なものの言い方では、たとえ内容が正しくても誰も覚えていない(そうでなくても忘れることは多いが)ことになるのに通じている。

その他にも情報をより分かり易く伝えるための「色づかい」、その人になりきるための「衣装・コスチューム・制服」、円滑にコミュニケーションを図るための「行儀作法」、シチュエーションに応じた「人と人との距離、位置関係」など、様々な「ノン・バーバル」な要素が重なってコミュニケーションが成り立っているということが、漫画や舞台を初めとする実例を通じて面白く紹介されている。「見た目(=言葉以外)が9割」ということで、普段自分では「正しいことを言っている。」と思っていても、実際には意識していない様々な要素によってそれが本当に伝わっているのかどうか実は非常に怪しいという大事なことを、十分に認識させられた一冊であった。

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December 16, 2006

「緒方貞子 - 難民支援の現場から」

この本は「国連難民高等弁務官」として活躍し、国際的に高い評価を得ている緒方貞子さんについて、インタビュー記事を中心にその活躍ぶりや考えをまとめたものである。

まずこの「・・・弁務官」というのは「国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)」のトップで、彼女は1990年代の約10年間その職務を全うした。UNHCRはその名の通り全世界に発生している「難民」の保護、母国への帰還や自立を支援する国連機関である。(詳しくはこちらのホームページを参照)

この1990年代というのは丁度冷戦による統制のたがが外れて、宗教や部族対立等を原因とする内戦が頻発して大量の難民が発生した難しい時期であった。ところがこのUNHCRは90年当時、2代前のトップがスキャンダルで辞任、先代も任期途中で退任し組織として弱っていた。ところが彼女の任期中にその活動は大幅に強化され、予算、職員数共に二倍近くにも増え、国連を代表する機関のひとつになったという。まさに同じ日本人として世界に誇るべき人材である。

彼女の活動の源泉は「怒り」だという。つまり不条理なことを目にしたり、あるべきことがそうならなかったりした場合に、それに対する感情をエネルギーに変えるという。またこの本を通じて感じたのが彼女の強い「責任感」である。90年代に難民が大量に発生した場所は、イラク(クルド難民)、アフガニスタン、旧ユーゴスラヴィア、ルワンダなど数知れないが、彼女はその現場まで防弾チョッキを着てでも視察や指導に行っているのだ。組織のトップとしてフカフカのソファに座っていることも可能だっただろうが、そこを敢えて銃撃や地雷、伝染病などの危険を承知の上で行動に出る。これはまさに責任を全うしようとするものでなくては出来ないことだ。

更には現場での必要性から今までの「枠」に捕らわれない新しいタイプの支援策をギリギリの決断の中から打ち出して行く。前例にない活動をして更にその責任は自分が負うという姿勢は、「現場主義」という彼女のモットーと合わせて企業のマネージメントの手本にもなる

オラニエ公は90年代に難民が大量発生したボスニア=ヘルツェゴヴィナのモスタルという街に行ったことがある。そこはイスラム教とカトリック、セルビア正教の3者が泥沼の内戦を繰り広げたところで、昨年行ったときにも銃痕の残る建物が立ち並び、表面的には平和そうだったが、実際にはまだ対立感情が消えないという。UNHCRはここで発生した難民の保護や帰還だけでなく、今後の共生に向けてこの3者が共同して経済的に自立できるようなプログラムを走らせている。これは「ボスニア女性イニシアチブ」といって、戦争中に家族を失ったそれぞれの女性たちが分担してお土産の人形を作ろうというプロジェクトで、UNHCRは人形作りに必要な毛糸やミシンを支援していると言う。こういうソフト系の発想も彼女ならではの成せるわざであろう。

いまここでは平和な生活が出来ているが、難民をはじめUNHCRの支援対象になる人達は全世界で1,900万人以上にも達する。また「難民」というとアフリカやアジアをまず想像するが、実は身近なヨーロッパだけでも400万人以上もいる(数字はUNHCRのHPより)。緒方貞子という日本を代表する女性の信条とそれに基づいた活躍を知るだけでなく、まだ平和とは決して言えない世界の実情を理解する上でも役立つ一冊であった。

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December 02, 2006

「ワインと戦争」

先週ここで日本人を対象にした「ワイン・セミナー」が開催され、盛況のうちに終わったようである。今この平和な時代のセミナーでは各国のワインが紹介されていたようだが、フランスのワイン農家は第二次大戦中にドイツの占領の下、数知れぬ艱難辛苦を経験させられた。我が家のワインご指南役の友人の薦めで読んだ表題の本には、その時代の人々の生き様が語られている。

副題は「ヒトラーからワインを守った人たち」となっているが、お酒を飲まなかったヒトラーよりもゲーリングを初めとするナチス幹部の命令の下、戦場の兵士や占領軍が様々な形で何千万本ものワインやシャンパンを徴発して行った。緒戦であっけなくフランス軍が降伏すると、ドイツはフランスを代表する文化でもあり心でもある「ワイン」に目をつけて、それをタダ同然にでも入手して楽しむと同時に、商売をして儲けようと思ったのである。

ところがこのドイツ軍の企みは色々な形での抵抗に遭い、当初の期待ほど上手く行かない。文化を守ろうとするフランスの農家の行動は素朴であり巧みでもあった。例えば、

- ワイン倉の壁を塗りつぶしてワインを隠す。
- 質の悪いワインに高級ブランドのラベルを貼ってドイツに送る。
- 地下のワイン倉庫にユダヤ人をかくまって国外に脱出させる。

というなことを次々と危険を冒してでも行なわれたら、どう見ても占領している側の方の分が悪くなる。しかも迷路のような地下のワイン倉庫は、レジスタンス活動にうってつけの場所である。

収奪を効率よく行なうためにドイツからフランス各地に派遣された「ワイン総督」は、元々事情に通じた同業者であり戦後の商売のことも考え、100%ナチスからの指令に従った訳ではなかった。その一方で戦後に対独協力者として裁判にかけられたワインのネゴシアン(仲買人)もいる。この辺りの国と国との対立とワインというビジネス&文化に対する個人の心情との関係が特に興味深い。

実際に出征したワイン農家出身の兵士の話、特に捕虜収容所でのワイン・パーティの話は感動的だった。年間一人100リットル以上のワインを飲む時代で、数年間の虜囚生活を経てようやく一人一杯のワインを手にした時の感激はいかほどのものだったろうか。

こうした先人達の苦労の上に現在のワイン産業や文化が花開いている。ワインの味は如何に出来上がるまでの工程に愛情を注ぐかによって決まると言う。それは今作っている人の愛情だけではなく、歴史上の名も無い人たちの努力の積み重ねでもあるということが認識できた一冊だった。

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November 07, 2006

「ワインの自由」

友人から推薦された表題の本(堀賢一著:創美社)を読み終えた。著者はカリフォルニア在住のワイン専門家で、ワインの基本的な知識から、業界の実態やそれに対する思い等を綴るコラム集である。オラニエ公としては例えば「シャブリに見られる火打石のような香り」と言われてもあまり想像がつかないが、産地の特性やトピック、栽培方法、製造過程などの話はなかなか奥が深くて興味をそそられる。

例えば「日本産」とされているワインの中身の多くはブルガリアやアルゼンチン、チリといった安く生産が可能な国からの、バルク・ワインあるいは濃縮果汁としての輸入に基づいて生産しているとのこと。これらは単に「輸入ワイン使用」と書かれているだけで「国産品」として流通している。これって一体何者と言う感じだが、以前ボーヌで見かけた「世界のワイン生産地図」に載っていたブルガリアのワインが、店頭にはほとんど並んでいない謎が解けた気がした。それは「日本産」として出荷されているのだ。

ワイン大国であるフランスの伝統に基づいた制度と、New Worldと呼ばれる地域(アメリカ、オーストラリアなど)の科学的・合理的なワイン産業の違いも面白い。特にフランスは全国原産地呼称協会(INAO)や原産地統制呼称法(AOC)という制度が、ワイン作りのさまざまな過程に規制を作っている。またワインの生産過剰に伴なう減反政策も実施されているようで、零細なワイン農家は後継者不足も加わって淘汰されつつあると聞いた。これはまさに日本の稲作と似ている。まあコメはフランス・ワインほど国際的には受け容れられていないが。自国での消費量が落ち込んで、量から質へと変換しているのもコメと同じだ。この半世紀で量としてはほぼ半減しているが消費金額は若干伸びていると言うから、皆より高級なワインを少量飲んで楽しむ生活になってきているのであろう。

あと面白かったのは「ブラインド・テイスト」のこと。これはラベルを見ずにワインを飲み比べることで、かなりの専門家でもカリフォルニア産の普通のワインをフランスの上級のワインと取り違えたりしてしまうことがあるそうだ。真っ暗闇だと「赤」か「白」かの区別もつかないこともあるとか。ラベルというかブランドに影響されて、「ああこれはさすがXX年製のYYワイン」などと(実際にはそうでなくても)満足してしまうところが、人の機微を突いているようで面白い。クラシックの演奏も「これはベルリン・フィルの演奏」とCDのラベルに書いてあれば、確認するすべも無く「やっぱり上手い」という心理が無意識に発生しそうなのと似ているか。いずれにしてもその味や音楽で個人が満足できれば良い話である。

このヨーロッパ生活で、オラニエ夫人のワインの量というかたしなむ回数が増えてきているような気がする。これまた「ワインの自由」を楽しんでいるようだ。オラニエ公もワイン産地への旅やワイン・グラスを傾けての楽しいお付き合いが増えてきた今日この頃、もっとワインの奥深さを探求したいものだ。

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October 30, 2006

「自壊する帝国」を読んで

表題の本(新潮社)を読み終えた。この著者佐藤優さんという人はロシア専門の外交官。2002年に鈴木宗男疑惑に連座して逮捕され、執行猶予付き有罪判決を受けて現在控訴中。駆け出しの外交官としてモスクワに駐在していた1980年代後半からソ連の崩壊(1991年末)までを中心に、そこで出会ったロシア人(学生、政治家、軍人等)との交流や連邦崩壊の内幕を生々しい体験に基づいて語っている。オラニエ公は個人的に1991年の大晦日を旅行中のモスクワ(音楽祭)で迎えたという偶然もあり、ここら辺の内輪話には元々興味があって十分読みごたえがある内容だった。

まずこの人物のタフさには驚嘆の一言である。ウォッカを2-3本飲んでも大丈夫という強靭な耐アルコール性。ロシア人との付き合いではこれくらいの酒量がないと本音は出てこないとのこと。下戸のオラニエ公には全く無理な話だ。ロシア駐在でなくて良ーかった。それはさておき、この人は打算ではなく「裏切らない人付き合い」をとことんまで追求するタイプのようだ。信頼する人のためには身を危険に晒すことも惜しまない。リトアニア独立宣言の時も、ゴルバチョフ大統領が拘束されたクーデター騒動のときのエピソードも、文面をその通り解釈すればまさにそれを実践している。

「国益」を常に考えて判断を下すプロフェッショナリズムも大したものだ。あまり人に相談することなく外交に関わるような重大な判断をするというのは大変なプレッシャーだろう。「宗男疑惑」のことはほとんど知らないが、こういう筋の通った強力な人物が外交官として力を発揮できないというのは、国家としての損失なのではないかと思う。外交官にも「キャリア組」と「ノン・キャリア組」があるが、彼はその後者である。この入省時の違いに基づく硬直した官僚制度も不思議である。「キャリア組」を押し退けてでも活躍して、「北方領土」を初めとする外交上の懸案をスピーディーに解決してもらいたい。そう感じさせるに足る迫力溢れる一冊であった。

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October 18, 2006

オリガ・モリソヴナの反語法

このタイトルの本は以前にも紹介した米原万里さんのエッセイ「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」の姉妹版に当たる小説である。同じ1960年代のプラハ・ソヴィエト学校が舞台になり、そこに実際に在学した友達のその後と再開を描いたのが「・・・真実」、そこの有名ダンス教師(架空)オリガ・モリソヴナのそれまでの過酷な人生を解き明かして行くのが「・・・反語法」という位置付けになる。

まずこの「反語法」って何だっけ?という疑問が湧いた。@nifty辞書によれば『修辞法の一。反対の内容を述べることによって、逆に自分の考えを相手に強く認識させる表現法。』とある。要は逆のことを言って誇張する訳だ。このオリガが多用し、その重要性は本書の最後にようやく納得が行く。内容を考えると「オリガ・モリソヴナの半生 –ソ連という時代に生きて」といったタイトルの方が、一般読者には構えられずに分かり易いのではないか。

「Bunkamura ドゥマゴ文学賞」という賞に輝いた小説だが、これはノンフィクションに限りなく近い。確かに幾つかの偶然が重なれば、この時代(1930~50年代のソ連)にこうしたことがあり得たであろうなあと思われる展開が重なり合いながら続く。ミステリー小説のような謎解きと正確な歴史背景や事件の描写が相まって、どんどんと惹きつけられる。ただこの体制と時代に翻弄された女性たちの人生の物語は、やはりある程度歴史的な事実を知っている読者の方が感じるところが大きいだろう。

チェコの外交官が大きな役割を演じることになるのだが、この小説ではKGBの手から上手く逃れている。この前読んだ「KGB」という本では、この国のある外交官は盗聴によって抹殺された。全体のこのあたり(監獄や収容所)の描写は、「雪解け」の時代という理由を付けてソフトになっているような気がする。それにしてもこのオリガの生き様には芯が通っている。こうした強靭な精神が無ければとても生き抜けなかっただろうと、架空の人物なのに実在したかのように思ってしまった。

文庫本にもなっているとも知らずに単行本を注文して買ってしまったが、それだけの価値ある一冊だった。

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October 08, 2006

KGB (新潮選書)

友人から借りた表記の本を読み終えた。読み始めてすぐに時代感覚が違うなと感じたが、原作は1982年、日本語訳もその翌年というまだ冷戦時代でKGBがアクティブに活躍していたころの本である(当時の組織図入りの解説付き)。

特に西ヨーロッパ諸国やアメリカの情報機関にいかにスパイを送り込んで浸透していたかが興味深い。例えばイギリスではMI-5やMI-6といった情報機関に浸透し、1981年には90名もの外交官や通商代表部のメンバーが国外追放になっている。西ドイツでもブラント首相の私設秘書の一人がKGBのスパイだったので、情報が筒抜けになっていたとのこと。それにしても国内外にこれだけ時間とお金を掛けて監視の目を光らせて、それに見合うだけの情報が得られたのだろうか。ホテルの部屋は盗聴器が付いていて当たり前、貿易商などの民間人を装ったエージェーントもごろごろ、チェコスロヴァキアなど東欧諸国のスパイも活用ととどまる所を知らない。この調子であらゆる官僚を維持するだけで国庫が空になってしまいそうだ。

特に興味深いエピソードに、天才ピアニストと賞賛されていたウラジーミル・フェルツマンの話がある。彼は「イスラエルに亡命できないか。」とある人に相談を持ちかけただけで、その2時間後には全てのレコード店に彼の演奏の入ったレコードを撤去するよう命令が出たとのこと。国際的に知名度のあるピアニストでも、国を裏切りそうな発言一つですぐその筋に密告され、結局1ヵ月後には全てのレコード、コンサートのポスターなどから彼の名前が消え、実質演奏家として生命の危機に瀕してしまった。(数年後に亡命したという。)

またニューヨーク駐在のチェコのカレル・ジシュカ外交官夫妻が、クリスマスに2人の子供を呼び寄せて亡命できないかと自宅で相談したことがKGBの知るところになり、程なくエージェントが奥さんを惨殺。それを発見した本人も逃亡した上で拳銃自殺をした例もある。可哀そうにこの子供達はその後どうなってしまったのだろうか。

ナチス統治下のハンガリーで10万人以上のユダヤ人を救ったとされるスウェーデン出身のラオル・ワレンバーグも、ブタペスト開放時に米ドル札を持っていたためにスパイの嫌疑を受けてソ連が逮捕。その後数十年にわたって極寒の地の収容所を行き来させられているという。(実際には数年後に獄死したとの説が強い。)

今は時代も変わってきているとは言うものの、この警察国家の名残はまだロシアを初め様々な国に残っているはずで、それを考えると背筋が寒くなりそうだ。それにしてもわずか20年ほど前には、まだこのような理不尽な巨大組織が、強大な権力とプレゼンスをもって活動していたということは驚きである。

PS. ここまで書いた後に、ロシアで反プーチンの記事を書き続けていた女性ジャーナリスト・アンナ・ポリトコフスカヤ氏が銃殺されたとのニュースを発見。KGBのDNAは今でもアクティブに活動しているのだ。

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